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東京地方裁判所 平成10年(ワ)9395号 判決 2000年7月31日

原告

山﨑肇

右訴訟代理人弁護士

牛嶋勉

被告

尼崎築港株式会社

右代表者代表取締役

桑原建二郎

右訴訟代理人弁護士

神崎正陳

栗原良扶

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し金388万6610円及び平成10年5月以降本案判決確定の日まで毎月20日限り金36万4410円を支払え。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は,被告から整理解雇されたと主張する原告が,整理解雇が違法であるとして,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認,平成10年4月分の未払賃金として金36万4410円及び同年5月分以降の未払賃金として同年5月から本案判決確定の日まで毎月20日限り金36万4410円の支払並びに同年6月10日,同年12月10日,平成11年6月10日及び同年12月10日の未払賞与として合計金352万2200円の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告は,土木工事に関する事業,土地・建物の賃貸,電力図面の作成,パソコン教室等を営む株式会社であり,肩書地に本社を置く外,横浜支社,立川分室を置き,平成10年2月2日までは関西支社を置いていた(争いがない。)。

2  原告は,昭和60年8月21日付けで被告に入社し,東京都立川市内にあるアマチクビルにおいて被告が当時経営していた学習塾(教育事業部)の責任者を務めて課長に昇格し,平成2年2月に本社総務部に転勤して総務部課長として勤務していた。原告は,被告が平成3年12月1日に関西支社を開設するのと同時に関西支社での勤務を命じられ,平成8年10月1日付けで被告の大株主である阪神電気鉄道株式会社(以下「阪神電鉄」という。)の子会社である株式会社尼崎センターに出向を命じられ,平成10年2月2日付けで出向を解除され,本社総務部勤務を命じられた(争いがない。)。

3  被告の代表取締役常務である桑原建二郎(以下「桑原」という。)は,平成10年2月2日,出向解除の辞令を原告に交付した際に,原告に対し,同年3月末をもって原告を解雇する予定であることなどを伝えた上,その後,同年2月27日付けの解雇予告通知書を原告あてに送付した。解雇予告通知書には,「解雇日は同年3月31日,解雇事由は関西支社の廃止による事業縮小のため,就業規則上の根拠として18条1項5号に該当する。」と書かれていた。同年3月31日は経過し,被告は原告に対し右同日をもって原告を解雇したという態度をとっている(被告が右同日をもって原告を解雇したことを以下「本件解雇」という。)(争いがない。)。

4  被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には,次のような定めがある(<証拠略>)。

(解雇)

第18条 社員が,次の各号の一に該当するときは解雇する。

(1) 休職期間の満了した者

(2) 労働基準法第81条による打切補償を行った者

(3) 技術又は能率の甚だしく劣悪な者及び精神又は身体の虚弱あるいは障害による業務に堪えないと認められる者

(4) 会社業務への協力に著しく欠ける者

(5) やむを得ない業務(ママ)上の都合によるとき

(6) 第24条第4号適用のとき

(7) 禁固以上の刑に処せられた者

(8) その他前各号に準ずる程度のやむを得ない事由があるとき

2 本条第3号乃至第5号の場合は,30日以前に予告するか,又は30日分の解雇予告手当を支給する。

以下省略

(懲戒の種類)

第24条 懲戒は次の4種とし,その行為の軽重に従ってこれを行う。

(1)ないし(3)は省略

(4) 懲戒解雇 解雇し,退職金の全部又は一部を支給しない。解雇の理由について行政官庁の認定を受けた場合は,予告を行わないで即時解雇する。

(賞与)

第46条 会社は業績に応じ,年2回以内の賞与を支給する。

5  被告が平成9年4月1日付けで発した辞令によれば,原告の基本給は33万9410円(年齢給19万1820円,勤続給5500円,職能給14万2090円の合計),役職手当が2万円,合計35万9410円である。被告では社員の賃金は毎月20日払いである(<証拠略>)。

6  被告は,原告に対し,毎年6月10日と12月10日に賞与として給与月額の2.45か月分以上の金額の金員を支払っていた(争いがない。)。

三  争点

1  本件解雇は無効か。

(一) 被告の主張

(1) 本件解雇は,本件就業規則18条1項5号にいう「やむを得ない事業(ママ)上の都合によるとき」に該当するものとしてされた解雇であり,いわゆる整理解雇としてされたものではない。

本件解雇が客観的に合理的であることは,次のアないしウから明らかである。

ア 関西支社の閉鎖の必要性について

原告が勤務していた関西支社は,阪神電鉄尼崎駅前のビルの一室を借りて平成3年12月に設立された。関西支社の所管すべき主な業務は,<1>兵庫県尼崎市(以下,単に「尼崎市」という。)内に所在する不動産の管理,<2>アマチク物流ビルの建設,<3>阪神電鉄御影高架下設備の返還,<4>尼崎市大浜町等所在の土地の不法占有の解決,<5>阪神淡路大震災による施設岸壁その他の復旧工事,<6>尼崎市末広町所在の土地の交換,整備,などであった。このうち,<2>ないし<6>については実際には関西支社が処理しておらず,<1>のうち,契約更改,賃料収受,工事発注,検査等の主要業務については被告の本社において取り仕切っており,結局,関西支社が実際に処理していたのは,<1>のうち不動産の巡回監視業務だけであった。<2>は平成5年8月に,<3>は平成7年8月に,<4>は平成8年5月に,<5>は同年8月に,<6>は平成9年10月に,それぞれ完了した。

関西支社には,当初,O(以下「O」という。)支社長,原告及びN(以下「N」という。)という女性社員の3名が配置されていたが,平成8年4月にはO支社長が被告を退職して関西支社の管理責任者が不在となったこと,関西支社が処理していた業務は<1>のうち不動産の巡回監視業務だけという状況であったことから,被告は,関西支社が処理していた業務を株式会社尼崎センター(以下「尼崎センター」という。)に委託することにし,原告とNに同社への出向を打診したところ,Nは出向を拒否して同年9月に被告を退職し,原告を同年10月から尼崎センターに出向させた。原告の出向中に要する経費は,被告が尼崎センターに支払う委託報酬とは別にすべて被告が負担していた。委託に係る業務のほとんどは尼崎センターにおいて処理され,原告が同社で従事した作業は少なかった。なお,関西支社として賃借していた部分は,原告の出向に伴い賃借部分を半分に縮小して,当時の被告代表者である岡部達郎等が現地出張した際の拠点として残した。

関西支社の維持に要する費用は,別紙<略>1「旧関西支社の要員と経費」及び別紙2「関西支社の経費明細表」のとおりであり,関西支社の業務を尼崎センターに委託した後も,関西支社を維持するために委託費を除いて1080万円の経費を必要としており,右はいわば冗費であった。被告は,岡部達郎の急逝に伴い,関西支社の存続のために支出してきた冗費を放置することができなくなったことから,この冗費の削減を目的として関西支社を閉鎖することを決め,関西支社が処理していた業務は完全に尼崎センターに委託することにした。

イ 原告の配転先について

原告は,関西支社の閉鎖によって余剰人員となったが,被告における原告の経歴及び適性並びに被告の就労体制にかんがみれば,被告内には余剰人員となった原告を新たに配転する先はなかった。

(ア) 原告の経歴及び適性

<ア> 原告は,被告が立川市内で経営していた学習塾の運営を任せていた株式会社教育研究所から昭和59年8月に被告に出向されてきた者であり,昭和60年8月に被告の正社員として採用したが,学習塾の経営は思わしくなく,平成元年3月に竣工した立川アマチクビルにおいて同年9月から新しくパソコン教室を開講したが,平成2年3月には学習塾を閉鎖した。これに伴い,原告は,平成元年9月以降,パソコン教室と新しく始めた絵画のレンタル業を手伝いながら,パソコン教室のインストラクターの女性4名と絵画のレンタル業を担当する女性社員2名とともに,立川分室で業務に従事するようになった。

<イ> ところが,原告は,平成元年10月ころ部下の1人と争いを起こし,同年11月には社長ミーティングで部下を一方的に非難してミーティングを中止せざるを得ない事態を生じさせるなどしたため,原告には職場の秩序,雰囲気を維持する適格に欠けるところがあると思われたが,他に適当な配属先がなかったことから,被告は,平成2年2月に原告を総務部付課長として本社に配置した。

<ウ> 総務部において原告が従事していた業務は,文書発受簿の記帳や各種申請業務などの軽易な業務であったが,原告は,上司から直接指示された業務を理由もなく部下にさせたり,事前の指示もないのに社印を使用して社長の生命保険の加入契約を締結するなど,独断的な仕事ぶりが目に付いた。

<エ> そのような仕事ぶりの中において,原告は,上司の叱責に対し,「大阪に転勤させてもらう。」などと反抗的な対応を示すなどした。被告は,かねてから大阪市内にあるA建設工業株式会社(以下「A建設」という。)内を間借りして大阪支社を開設し,同支社において関西地区における建設業を営んでいたが,これを廃止して大阪支社には関西地区における被告の所有に係る土地の管理のみを担当させることにし,併せて尼崎市内に新たに賃借したビルに大阪支社を移して関西支社と称することを決めた。関西支社の発足に伴い,大阪支社にいた4名の社員のうち関西支社で必要な人員は,大阪支社において土地の管理を担当していたOのみであったが,被告は,Oを支社長に昇格させ,本社から女性社員1名を関西支社に配転することにした。

このような関西支社の開設の計画が進められる中で,原告が,当時の被告代表者であった岡部達郎に対し,関西支社への転勤を申し入れたので,被告は,平成3年12月1日付けをもって原告に関西支社に転勤するよう命じた。

関西支社は,尼崎市内にある被告の所有地の監視業務と本社からの特別の指示があった業務を処理するとともに,岡部達郎の関西地区での活動の拠点とされた。関西支社における原告の業務はO支社長を補助する程度のことであった。

<オ> 原告は,平成7年5月,貸付地の権利交換の交渉において重要な要素であった震災復旧工事費の見積額を交渉相手に開示するという非違行為があったことを理由に譴責処分を受け,平成9年2月,本社役員との電話での会話中に不穏当かつ反抗的な応答があったことを理由に厳重注意処分を受けている。

(イ) 被告の就労体制

<ア> 被告の立川分室では,コンピューター教室が開設されていたが,立川分室は被告代表者と同族の取締役がまとめ役をし,女性のインストラクター2名が指導に当たっているのみで,原告が就労する余地はなかった。なお,立川分室は平成10年9月をもって閉鎖した。

<イ> 被告の横浜支社では,主として配線図作成の技術者が就労しており,そのような技能を有しない原告が同社で就労する余地はなかった。

<ウ> 被告の本社では,主として不動産管理業務を統括するために熟練の取締役及び嘱託が合計で4名が配置され,これを事務的に補佐するために女子社員2名が就労していたが,不動産管理業務を統括するという業務を処理するには右の人員だけで十分であり,就労人員を増加するほどの作業量はなく,また,被告の本社は,賃借したビルの3階(事務所部分)と5階(会議室部分)に分かれているが,3階の事務所部分は約125平方メートルで,エレベーターの扉が出入口を兼ねているような狭い事務所であり,就労する場所的な余裕もほとんどない。

以上のような状況から,被告は,関西支社の閉鎖に伴って職場がなくなった原告を配転することは不可能であると判断し,仮に原告を他に配転したとしても,円滑かつ効率よく執務されていた就労システムに著しい混乱が生じることは避けられなかったと判断した。

ウ 小括

被告は,以上のような経過,判断の下に,本件解雇に及んだのである。

(2) 仮に本件解雇がいわゆる整理解雇と呼ばれる類型の1つであるとしても,整理解雇の有効性の判断に当たっては,第1に,人員削減の必要性,解雇回避の努力,人選の妥当性,解雇手続の妥当性の要件について検討すべきであるとされているが,そもそも右の4要件を具体的に規定した明文の規定があるわけではなく,解雇の正当性の判断において整理解雇に特有の判断要因として右の4要件が指摘されているにすぎないこと,第2に,我が国の雇用形態が大きく変化しつつある状況,特に終身雇用制の維持について流動化しつつある状況に照らし,解雇の正当性の判断に当たっても弾力的な解釈が求められるべきであること,第3に,被告は,役員と嘱託を除いた正社員が11名,パート等が14名から成る小規模な組織で,岡部一族が支配する同族会社であり,役員は転職者ばかりで,正社員も中途採用者ばかりであって,終身雇用を前提とし,大企業,中企業を中心として形成されてきた右の4要件を形式的に適用することは適当ではないこと,以上の点に留意する必要がある。

そして,本件解雇について言えば,次のアないしウのとおり右の4要件をいずれも満たしており,本件解雇は有効である。

ア 人員削減の必要性

(ア) 人員削減の必要性とは,人員削減が必要とされる客観的事情をいうものと解され,例えば,支社が廃止されたことに伴って余剰人員が生じた場合には,経営効率化の必要性が肯定され,かつ,濫用に当たらなければ,人員削減の必要性は肯定されるべきであり,経営不振又は近い将来経営悪化が必至でなければ,人員削減の必要性は満たさないという解釈は,厳格にすぎる誤った解釈であるというべきである。

(イ) 被告においては,経営効率の維持,改善を目的として,横浜支社では平成2年に15名が配置されていた正社員を削減して平成10年8月現在7名とし,立川分室では平成2年に学習塾を閉鎖し,平成3年に絵画レンタル業を廃止し,平成4年にコンピューター教室を縮小し,平成10年9月には同教室を閉鎖するとともに,新規社員の採用の保留等の経営努力を重ねた結果,被告の社員数は,平成2年には社員と役員を兼務する者を含めて32名いたが,平成10年8月現在では社員と役員を兼務する者を含めて18名に減少している。このように,被告は,近年徐々にではあるが,社員数の低減,事業所の効率化などの経営努力を余儀なくされているが,これらは,被告の収益構造の改善を図る目的で行われたことである。

すなわち,被告の収益の柱は不動産の賃貸収入であり,中でも尼崎市末広町にあるアマチク物流ビルからの賃料収入は大きく,平成8年度の実績では全賃料収入の56パーセントに達しているが,アマチク物流ビルは,自由が丘アマチクビルとともに平成5年度に取得した物件であり,いずれ建物の耐用年数が経過した後に新規不動産の取得に備えて,建物の耐用年数が経過した時点をめどとして建物の新規取得に必要な資金を内部留保として確保しておく必要があるが,償却資産関係に限っても,アマチク物流ビルの取得資金が合計22億7851万円余りであり,自由が丘アマチクビルの取得資金が5億円弱であるにもかかわらず,第91期(平成8年4月1日から平成9年3月31日まで)の決算における貸借対照表上の剰余金から配当金等を控除した残額は4億5950万円にすぎず,仮に平成25年に耐用年数が経過して再築が必要であると仮定すれば,それまでに28億7000万円余りを内部留保する必要がある。しかも,第91期の決算における損益計算書の収支状況が今後も継続するとすれば,1年間当たりの内部留保の額は,当期利益から配当,賞与額を控除した繰越利益額とした場合には,せいぜい4000万円程度であり,平成25年までの16年間に約6億4000万円だけ内部留保の金額が増えるにとどまる上,建物の老朽化に応じた修繕費の支出修繕費の支出(ママ))や借入金の返済等を勘案すると,現状のままでは建物の耐用年数が経過した後に新規不動産の再調達のための資金の蓄積は難しいというべきであり,ひいては被告の企業の維持が困難であるというべきである。このような状況の下に,被告は,平成8年に支社の縮小を試み,さらに岡部達郎の急逝により関西での拠点が必要でなくなったこともあって,平成10年に至り,関西支社を廃止したのである。

このように,関西支社の廃止は,前述の一連の経営努力の延長線上にあり,本件解雇は関西支社の廃止に伴って執られた措置であって,経営悪化を防止するためのやむを得ない措置である。

(ウ) 被告の数字上の財務状況は,必ずしも経営悪化の状況にはないと考えられるが,それは,右のような経営効率化の積み重ねの結果であり,右のような経営努力を怠っていたとすれば,経営悪化の状態に至っていたであろうことは推測に難くない。また,被告の損益決算は黒字決算であり,被告には純資産ないし剰余金が5億円前後あるが,現在ストックされている資金は被告の保有地のための開発資金の一部であり,前述のとおり,必要とされている開発資金の額からすればいまだ不足している状況である。したがって,被告の財務上の数値は,外見はともかく,現在の被告の置かれている状況から見るとき,決して余剰人員を継続して抱え得る状況にはないのである。

なお,アマチク物流ビルと自由が丘アマチクビルは,阪神高速道路公団に売却した被告の所有に係る土地の代替資産として取得したものであるから,課税の繰り延べの目的で圧縮記帳を採用しているため,黒字となっているが,通常の経理処理の下では実際の取得価格に基づいて減価償却がされるから,赤字となるはずであって,言い換えれば,被告は実質的には赤字を計上しているとみることもできる。

(エ) 以上によれば,人員削減の必要性があることは明らかである。

イ 解雇回避の努力

(ア) 被告の関西支社の閉鎖に伴って余剰人員となった原告の解雇を回避するため,原告を配転することができなかったことは,前記(1)イのとおりである。

(イ) 被告の組織,職場は,被告代表者の同族,知人からなる高齢の役員が社員を兼務して被告の業務の大半を取り仕切り,他の社員はこれを事務的に補佐し,あるいは,特殊技能作業に従事しているという,同族を中心とする零細事業体の組織,職場であるが,各職場ではそれぞれの職種に適合した社員が狭い場所で顔を付き合わせて仕事をしているという雰囲気にあり,いわば家族的な就労環境にあり,そのような就労環境では就労体制の落ち着き具合(仕事量に対して安定した勤労体制が出来上がっている状態)が重要であり,希望退職の募集等の措置を執ることはそのような現状の家族的な就労環境を乱すおそれがあり,到底執り得ない措置であった。

(ウ) 配転又は希望退職によって原告以外の他の社員を解雇することは著しく困難であり,かつ,現状の就労体制を著しく混乱させるものと考えられた。

(エ) 以上によれば,被告としては余剰人員1名を配転又は希望退職によって解消することはできなかった。

ウ 人選の妥当性

原告は廃止された関西支社に勤務していた者であり,経営効率に寄与することが少ない者という基準に照らしても,前記(1)イ(ア)によれば,原告が被告の経営効率に寄与することが少ないことは明らかである。そこで,被告は,やむなく原告を解雇することとしたのである。

エ 解雇手続の妥当性

桑原は,平成10年2月2日,被告の取締役であり工事部長である田中良夫及び総務部の参与である藤井忠男(以下「藤井」という。)の立会いの下に,原告に対し,「関西支社を廃止することになった。」,「出向を解き,本社勤務とする。」,「残念ながら関西支社以外配属するところはない。」,「年度末をもって解雇せざるを得ないので,就職活動をしてほしい。」,「そのために勤務を解放する。」旨を申し入れるとともに,「被告において就職先をあっせんすることもあり得る。」,「退職金の上積みの用意がある。」等について説明した。桑原は,同月13日及び同月23日に原告との面談の機会を持ち,今後の対応について協議したが,その間,原告は,被告に対し,「不動産業者に出向して2,3年おいてもらえないか。」,「退職金の上積みはしてもらえるのか。」等と申し入れていた。しかし,原告は,同月23日の面談の際に「不当解雇である。」と言い出し,対応が急変したので,被告は,原告から郵送してほしいと求められたこともあって,やむなく同月27日付け内容証明郵便によって解雇予告を行った上,同年3月31日付けをもって原告を解雇した。

右の経過によれば,被告は,事前に退職金の上積み又は再就職先のあっせんがあり得ることなどといった,優遇条件を示して退職を勧奨したが,原告との間で協議がまとまらなかったことから,本件解雇に及んだのであって,配転が困難で零細小規模な企業体である被告としては,相当な手順を尽くした上で本件解雇に及んだものというべきである。

(二) 原告の主張

(1) 本件解雇がいわゆる整理解雇としてされたものではないことを前提に,本件解雇が有効であるという被告の主張について

ア 前記第二の三1(一)(1)アのうち,関西支社が平成3年12月に設立されたこと,関西支社が阪神電鉄尼崎駅前のビルの一室にあったこと,関西支社の所管すべき主な業務が被告の主張に係る<1>ないし<6>であること,被告の主張に係る<2>ないし<6>の業務が被告の主張に係る時期に完了したこと,関西支社の社員数の推移が被告の主張のとおりであること,被告が平成8年10月から関西支社が処理していた業務の処理を尼崎センターに委託し,原告を同社に出向させたこと,被告が関西支社を閉鎖したことは認め,関西支社の維持に要する費用の内訳及び金額については知らず,関西支社が経費の削減を目的として閉鎖されたことは否認する。

前記第二の三1(一)(1)イのうち,(ア)<ア>の事実,原告が平成2年2月に本社の総務部課長となったこと,原告が総務部において文書発受簿の記帳や各種申請業務に従事していたこと,被告がかねてから大阪市内にあるA建設内を間借りして大阪支社を開設していたが,尼崎市内に新たに賃借したビルに大阪支社を移して関西支社を発足させたこと,関西支杜の発足に伴い,大阪支社にいた社員のうち引き続き関西支社で勤務する予定の社員は大阪支社において土地の管理を担当していたOのみであったこと,被告がOを支社長に昇格させ,本社から女性社員1名を関西支社に配転することにしたこと,原告と岡部達郎の話により,被告は平成3年12月1日付けで原告に関西支社に転勤するよう命じたこと,原告は被告から二度処分を受けたことは認め,その余は否認ないし争う。

イ 被告は,本件訴訟に先立って原告が提起した仮処分申立事件(東京地裁平成10年(ヨ)第21043号事件)において,本件解雇は解雇通知予告書によると,本件就業規則18条1項5号の「やむをえない事業(ママ)上の都合によるとき」に該当すると主張し,本件解雇が整理解雇であることを明言しており,被告が今になって本件解雇が整理解雇ではないと主張するのは,前言に反する。

(2) 本件解雇がいわゆる整理解雇と呼ばれる類型の1つであることを前提に,本件解雇が有効であるという被告の主張について

ア 前記第二の三1(一)(2)の冒頭の部分,前記第二の三1(一)(2)ア(ア)は争う。同(イ)のうち,被告が単に単発的に関西支社の廃止を断行したのではなく,ここ近年経営効率化の努力を着実に進めてきたことは否認し,被告が行ったとされる経費削減策については知らない。同(ウ)のうち,被告の数字上の財務状況は,必ずしも経営悪化の状況にはないと考えられること,被告の損益決算は黒字決算であり,被告には純資産ないし剰余金が5億円前後あることは認め,現在被告にストックされている資金は被告の保有地のための開発資金の一部であり,必要とされている開発資金の額からすればいまだ不足している状況であることは知らず,被告の財務上の数値は,外見はともかく,現在の被告の置かれている状況から見るとき,決して余剰人員を継続して抱え得る状況にはないことは否認する。前記第二の三1(一)(2)イ(ア)は否認ないし争う。同(イ)のうち,被告が岡部一族の同族会社であることは認め,その余は争う。同(ウ)は争う。前記第二の三1(一)(2)ウは否認ないし争う。

イ 一般に,整理解雇が有効であるというためには,人員削減の必要性,解雇回避の努力,人選の妥当性,解雇手続の妥当性の各要件を満たす必要があるとされているが,次の(ア)ないし(エ)のとおり,本件解雇はいずれの要件も満たさない。

(ア) 人員削減の必要性

<ア> 被告の第85期(平成2年4月1日から平成3年3月31日まで)から第91期(平成8年4月1日から平成9年3月31日まで)までの決算の推移は別紙3のとおりである。阪神淡路大震災があった第89期(平成6年4月1日から平成7年3月31日まで)を除いて毎年の損益計算において黒字決算が続いていること,第89期においても1億2817万円の経常利益が出たにもかかわらず,臨時救済措置として災害損失の計上が認められたことを利用して,とりあえず経常利益を上回る2億円の災害損失特別勘定を計上することとしたにすぎず,経営上全く問題はないこと,第89期の決算に負債として計上された2億円の引当金は,経理上具体的な損害が発生していない段階で損害の発生に備えて2億円を負債に計上したにすぎず,第90期(平成7年4月1日から平成8年3月31日まで)の決算でも1億5000万円の引当金が残存していたが,第91期の決算では引当金は残存しておらず,右の損失計上の影響は平成10年3月の時点では解消済みであること,資産合計から負債合計を控除して算出される純資産(資本合計)は,被告の経営上の体力を示す重要な指標であるところ,被告の純資産は第89期の決算を除いて順次増加してきており,第91期の決算では5億円を超えており,被告の経営上の体力は増強されていること,純資産から資本金と法定準備金を控除した剰余金は,任意積立金と未処分利益の合計であり,被告の経営上の体力を示す重要な指標であるところ,被告の剰余金は第89期の決算を除いて順次増加してきており,第91期の決算では4億7610万円に達していることは,別紙3から明らかである。

そして,被告の第91期の決算において当期利益は第90期の決算よりも減少しているが,第91期における法人申告所得は1億2212万円であり,対前年度比伸び率は157.2パーセントで大幅に増加しており,全国ベスト8万5375社中3万1448位,不動産賃貸業の中では全国で862位であること,被告の第92期(平成9年4月1日から平成10年3月31日まで)の決算における法人申告所得は1億2438万円であり,対前年度伸び率は1.9パーセントで,全国ベスト7万3992社中2万6620位(前年より5237位上昇した。),不動産賃貸業の中では全国で804位(前年より58位上昇した。)であり,不況下で4000万円以上の所得のある企業が前年の8万5375社から7万3992社に大幅に減少している中で,被告は所得が伸びてランキングが上昇していることも併せ考えれば,被告が人員削減を必要とする経営不振等の状況に置かれていないことは明らかである。

<イ> これに対し,被告は,関西支社の閉鎖によって経費削減の効果が得られたと主張するが,関西支社の経費として当初被告が主張していたのは別紙4であるが,別紙1の数値とは大幅に異なっており,関西支社の経費に関する被告の主張は全く信用できない。

被告の主張に係る人件費のうち,平成3年度は平成3年12月から平成4年3月まで4か月しかないのに,給料手当及び法定福利費は平成7年度の額に近いから,平成3年度の人件費は大阪支社のときの人件費を含んでいる疑いがある。平成3年度には関西支社の社員が退職していないにもかかわらず,退職金167万4000円が支出されている。被告の主張に係る事務所賃料のうち,A建設に支払った賃料は大阪支社のときの支出であり,関西支社の支出ではない。関西支社のあった尼崎第一生命ビルの賃料は共益費を含めて月額43万2595円(消費税を除く。)と聞いており,1年間では519万1140円(消費税を除く。)になるはずである。原告の社宅の費用及び原告の負担金を平成3年度にも支出しているが,被告の主張ではこれが計上されていない。桑原は,その陳述書(<証拠略>)において,管理委託費は420万円であると述べており,被告の主張に係る管理委託費(別紙2)とは合致しない。開設費の金額はもっと多額ではないかという疑いがある。その他の経費は事務所賃料等と対比しても多額であり,その金額自体に疑問がある。

被告は,保有地の開発計画のために今後数年間に多額の開発資金を必要とすると主張し,キャッシュフロー計算書(<証拠略>)において将来の収益及び剰余金の推移の予測を行っているが,この計算書は,被告の売上高が将来的に全く変動しないという前提で作成されているところ,そもそもそのような前提があり得ないのであって,この計算書から被告の将来の収益及び剰余金の推移を予測することはできない。

被告は,圧縮記帳を理由に,決算の外形上は黒字であるが,実質的には赤字であるとみることもできると主張する。しかし,被告が有利な税制の適用を選択した結果として減価償却費が圧縮記帳されることになったにすぎず,実質的に赤字であるとの被告の主張は失当である。

被告は,関西支社の廃止は立川分室の閉鎖や横浜支社における人員の削減と同様に合理化の一環であると主張するが,横浜支社については依願退職で減少した社員を補充しないことにより正社員が減少したのであり,立川分室は平成6年ころから閉鎖が予想されていたのであり,いずれも関西支社の突然の廃止とは関係がない。

(イ) 解雇回避の努力

被告は,本件解雇に先立ち,希望退職の募集,配置転換等の手段を一切執っておらず,関西支社の廃止に乗じて本社総務部から関西支社に転勤していた原告を当然のように解雇した。すなわち,

<ア> 原告は,平成8年10月から尼崎センターに出向していたが,出向期間を平成11年9月30日までと定めていたにもかかわらず,桑原は平成9年11月には関西支社の廃止を検討させ,同年12月には原告の解雇を提案し,平成10年2月2日には出向期間を約1年8か月も残して原告の出向を解除して解雇予告を行った。関西支社を廃止しなくとも,関西支社が置かれた事務所のテナント契約のみを解除すれば,それによって多額の経費の節減ができたことは明らかであり,関西支社の業務の大半は尼崎センターに出向中の原告が処理できるものであったから,原告の出向を継続し,尼崎センターと協議して業務委託費の減額を図ることも十分可能であったにもかかわらず,被告はテナント契約のみを解除して原告の出向を継続することを一切検討していない。

<イ> 被告は平成10年9月に閉鎖した立川分室で勤務していた被告の社員2名を期間を定めずにソフト会社に出向させ,その給与を被告において負担しており,原告の場合と比べて著しく権衡を失している。

<ウ> 被告の前管財部長で現在参与である藤井は平成6年4月に入社し,現在70歳であり,管財部長である内山國衛(以下「内山」という。)は平成9年4月に入社し,現在63歳であるが,昭和60年8月に入社し,現在44歳である原告は,平成3年12月に関西支社に転勤した以降,尼崎センターへの出向期間を含め,被告の圧倒的に主要な不動産である尼崎市内の土地,建物の管理に関与してきており,その業務内容と現地の人間関係に最も精通する者であり,藤井又は内山と原告を比較すれば,本件解雇に及ぶ前に藤井又は内山に退職を勧奨すべきであったことは明らかであるのに,被告は右両名に対し退職を全く勧奨していない。

<エ> 被告は,希望退職を実施しておらず,また,原告を本社に配置転換して解雇を回避することもしていない。原告に有利な退職条件を提示するなどして退職を勧奨ないし勧告することすらしていない。以上によれば,被告は解雇回避努力を尽くしていない。

(ウ) 人選の妥当性

原告は,関西支社で採用された者ではなく,本社で当時の被告代表者であった岡部連太郎と被告の常務取締役であった一柳健の面接を受けて採用され,当初は本社教育事業部(立川)で勤務し,その後本社総務部を経て,関西支社で勤務し,平成10年2月2日付けで本社総務部に復したのであって,右の経過からすれば,関西支社の廃止によって原告が解雇される理由はない。

(エ) 解雇手続の妥当性

原告は,平成10年2月2日の解雇通告を受けて,被告に対し,同月4日付けの内容証明郵便により解雇の理由等について質問したが,被告はこれには一切応答せず,同月27日付けの解雇予告通知書において解雇事由が「関西支社廃止による事業縮小のため」と記載して通知してきたのみであって,解雇理由についてこれ以上の説明は全くない。右の経過によれば,本件解雇は手続の妥当性を有しないことは明らかである。

2  原告の賃金額について

(一) 原告の主張

原告の月額給与は,単身者に対する住宅手当5000円を加算した36万4410円であるから,原告は,被告に対し,平成10年4月分の未払賃金として36万4410円,同年5月分以降の未払賃金として平成10年5月以降本案判決の確定する日まで毎月20日限り36万4410円の支払を求める。

本件就業規則46条には年2回以内賞与を支給するという定めがあり,被告は原告に対し毎年6月10日と12月10日にそれぞれ賞与として月額給与の2.45か月分以上を支払ってきたから,平成10年6月10日,同年12月10日,平成11年6月10日及び同年12月10日にそれぞれ賞与として月額給与35万9410円の2.45か月分が支払われるはずであり,その合計は352万220(ママ)円である。よって,原告は,被告に対し,未払賞与として352万2200円の支払を求める。

(二) 被告の主張

争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件解雇は無効か。)について

1  前記第二の二2の事実,証拠(<証拠・人証略>)によれば,次の事実が認められ(争いのない事実を含む。),証拠(<証拠略>)のうちこの認定に反する部分は採用できない。

(一) 原告は,昭和60年8月21日付けで被告に入社し,東京都立川市内にあるアマチクビルにおいて被告が当時経営していた学習塾(教育事業部)の責任者を務め,平成元年9月1日教育事業部課長に昇格した。被告は,その当時立川市内にあるアマチクビルに立川支社を置いて,同支社において学習塾の経営の外に,絵画のレンタル業及びパソコン教室の経営を行っていたが,平成2年3月には学習塾を閉鎖した。原告は,同年4月以降は絵画のレンタル業及びパソコン教室の責任者となり,その管理に当たっていたが,部下の女性社員と対立し,その女性社員が原告の件で本社に苦情を訴えてくるということがあったなどしたため,被告は,立川支社での原告を巡る混乱を収束させる目的で原告を本社に転勤させることにし,平成2年2月9日付けで原告を本社総務部に転勤させて総務部課長とした。

(前記第二の二2の事実,<証拠略>)

(二) 原告が総務部課長となった当時の被告代表者社長は岡部連太郎であったが,同人は平成3年2月11日に急逝し,同人の実弟である岡部達郎が同年5月の株主総会の決議を経て被告代表者社長に就任した。原告は,総務部課長として文書発受簿の記帳や各種申請業務など総務関係の事務の処理に当たっていたが,例えば,岡部達郎に無断で同人のために生命保険契約を締結したとして注意を受けるなどといったように,本社内においてトラブルを引き起こすなどして本社には居づらい状況となった。折から被告は大阪支社を関西支社として発足させることを計画していたが,原告は,岡部達郎に対し計画中の関西支社への転勤を希望していることを訴え,岡部達郎は,原告をこのまま本社に配置しておくことは適当ではなく,業務に支障が生ずると判断し,その希望を容れて原告を関西支社に転勤させることにした。

(争いのない事実。<証拠略>)

(三) 被告は,従来から建設工事を請け負う建設業,被告の所有に係る不動産を賃貸する賃貸業及び東京電力株式会社の配電管理図面補修正を受託する図面作成業を営む外,新規事業として学習塾,絵画のレンタル業及びパソコン教室を営んでいたが,平成2年3月には学習塾を閉鎖してその経営から撤退し,絵画のレンタル業及びパソコン教室の売上げも伸び悩んでいた。このような経営状況の下において,被告の所有に係る尼崎市末広町<以下略>の土地のうち約4000坪が高速道路湾岸5号線の用地として阪神高速道路公団に30億円余りで収用されることになり,被告は,その収用補償金で尼崎市末広町<以下略>の土地に「アマチク物流ビル」という名称の物流ビル(以下「アマチク物流ビル」という。)を建築してこれを賃貸することなどを計画し,これに伴い,新たに阪神電鉄尼崎駅前にある尼崎第一生命ビルを賃借して,被告がかねてから大阪市内にあるA建設内を間借りして開設していた大阪支社をそこに移して関西支社を発足させることを決めたが,関西支社の発足に伴い,大阪支社にいた被告の社員3名のうち引き続き関西支社で勤務することになったのは大阪支社において土地管理部長の職にあったOのみで,その余の2名は関西支社の発足に伴い被告を退職することになったので,被告はOを支社長に昇格させ,関西支社への転勤を希望した原告の外に,本社からNという女性社員1名を関西支社に配転することにした。関西支社は平成3年12月に発足し,被告は原告に対し同月1日付けで関西支社への転勤を命じた。

(争いのない事実,<証拠略>)

(四) 被告が計画したアマチク物流ビルは,その全部を株式会社B(以下「B」という。)の倉庫として使用することが決まり,被告は,A建設に対し,アマチク物流ビルの建設を担当する責任者に適任である者の出向を求め,A建設は平成4年4月1日田中良夫を被告に出向させ,同人は参与としてアマチク物流ビルの建設を担当し,同年11月26日には取締役に選任された。月2回現場で行われる行(ママ)程会議には,本社からは田中良夫が,関西支社からはO及び原告が,それぞれ出席していたが,地元住民との施工協議などは,主として本社からは藤田取締役が,関西支社からはO及び原告が,それぞれ出席して行っていた。アマチク物流ビルは平成5年8月までに完成し,同年9月1日からBの倉庫として稼働し始めた。

(争いのない事実,<証拠・人証略>)

(五) 関西支社の所管すべき主な業務としては,アマチク物流ビルの建設の外には,尼崎市内に所在する不動産の管理,阪神電鉄御影高架下設備の返還,尼崎市大浜町等所在の土地の不法占有の解決,尼崎市末広町所在の土地に関する株式会社C(以下「C」という。)との交換及びその整備などがあり,平成7年1月には阪神淡路大震災が発生したため,これによって損壊した施設岸壁その他の復旧工事が新たに関西支社の所管すべき業務に加わったが,阪神電鉄御影高架下設備の返還は平成7年8月に,尼崎市大浜町等所在の土地の不法占有の解決は平成8年5月に,阪神淡路大震災によって損壊した施設岸壁その他の復旧工事は同年8月に,それぞれ完了した。これらの業務の処理に当たっては,最終的な決裁は本社において行ったが,相手方との交渉等については関西支社もかかわっていた。

被告は,かねてから株式会社D組(以下「D組」という。)に賃貸していた尼崎市末広町の土地の契約期間の満了後の明渡しについて同社との間で交渉を行ってきたが,関西支社はこの交渉にもかかわっていた。平成6年2月に被告に入社し,同年5月には被告の取締役に選任された桑原は,同年6月,D組のD社長に対し被告の取締役に就任したあいさつをするために田中良夫とともに関西に出張し,原告の案内でD組のD社長を訪ねたが,その際に桑原が「問題があるようですな。」と発言したことでD社長が腹を立てたということがあった。その後,土地の明渡しの交渉は専らD社長と岡部達郎の間で行われるようになったが,結局物別れに終わり,被告は平成8年にD組を相手方として調停を申し立てたが,調停も不調に終わり,被告はD組を被告として物件収去土地明渡しの訴えを提起し,被告の明渡請求を全面的に認容する第一審の判決が言い渡されたのは平成12年1月であった。なお,岡部達郎は,D組から明渡しを受けた土地上にアマチク第二物流ビルを建設することを計画しており,その計画が具体化したときには関西支社をその拠点とすることを考えていた。

(争いのない事実,<証拠・人証略>)

(六) 被告は,平成8年4月10日付けでOを懲戒解雇したが,Oは懲戒解雇の効力を争い,神戸地方裁判所伊丹支部に地位保全等を求めて仮処分命令を申し立て,被告とOは,同年10月2日,Oが同年4月10日付けで被告を離職したことを確認すること,被告が原告に対し解決金として1000万円を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解をした。

(<証拠略>)

(七) Oが懲戒解雇された後の関西支社長は田中良夫がこれを兼務し,支社長が関西支社に常駐することはなかった。その上,関西支社の所管すべき主な業務のうち,阪神電鉄御影高架下設備の返還は平成7年8月に,尼崎市大浜町等所在の土地の不法占有の解決は平成8年5月に,それぞれ完了し,阪神淡路大震災によって損壊した施設岸壁その他の復旧工事は同年8月に完了する見通しであり,D組に賃貸していた尼崎市末広町の土地の明渡しの交渉は平成6年6月以降関西支社の所管から外れたため,同年9月以降の関西支社の所管すべき主な業務は,尼崎市内に所在する不動産の管理,尼崎市末広町所在の上地に関するCとの交換及びその整備にすぎず,関西支社の所管する業務は大幅に減少した。そこで,被告は,関西支社が所管する業務のうち尼崎市内に所在する不動産の管理を被告の大株主である阪神電鉄の子会社である尼崎センターに委託するとともに,関西支社に常駐している原告とNを尼崎センターに出向させ,同社において原告とNに被告の委託に係る業務に従事させることを計画し,その旨を同社に打診したところ,同社の了解が得られたので,同年9月2日付けで原告及びNに対し尼崎センターへの出向を内示した。Nは,いったん出向に応じたものの,出向の直前になって出向を拒否し,結局,同月30日をもって被告を退職した。原告は,本社に復帰させてほしいなどといった異議を格別述べることなく出向に応じ,被告と尼崎センターとの間で同月20日付けで取り交わされた「社員の出向に関する契約書」に基づいて,同年10月1日から尼崎センターに出向した。「社員の出向に関する契約書」によれば,原告の出向期間は右同日から3年間とされ,原告の人件費(月例給与,時間外手当,賞与及び社会保険料)はすべて被告の負担とされ,被告は業務委託費の外に原告の人件費を支払った。岡部達郎は,原告とNを出向させることにしたにもかかわらず,関西支社を岡部達郎の関西における活動拠点として位置づけて,原告らの出向後も関西支社を存続させることとし,被告が関西支社として借りていた尼崎第一生命ビルの2区画のうち1区画は原告らが執務室として使っていたことから,原告らの出向に伴い,尼崎第一生命ビルの賃借部分を1区画に縮小して関西支社を存続させた。桑原は,個人的には,関西支社を存続させることや原告を出向させること自体に反対であったが,関西支社の存続と原告の出向は岡部達郎が決めたことであったので,格別異議は述べなかった。なお,尼崎センターは関西支社のある尼崎第一生命ビルからは歩いて2分の距離にあった。(争いのない事実,前記第三の一1(五)の事実,<証拠・人証略>)

(八) 第84期(平成元年4月1日から平成2年3月31日まで)の経常損失は6800万0062円であり,第85期(平成2年4月1日から平成3年3月31日まで)の経常損失は1475万3316円であり,期中に阪神高速道路公団から土地の収用補償金が支払われた第86期(平成3年4月1日から平成4年3月31日まで)の経常損失は7335万9003円であったが,第87期(平成4年4月1日から平成5年3月31日まで)の経常利益は5962万9538円であり,期中にアマチク物流ビルが完成して稼働し始めた第88期(平成5年4月1日から平成6年3月31日まで)の経常利益は2446万9681円であり,期中に阪神淡路大震災が発生した第89期(平成6年4月1日から平成7年3月31日まで)の経常利益は1億2817万0542円であり,第90期(平成7年4月1日から平成8年3月31日まで)の経常利益は1億1898万9040円であり,第91期(平成8年4月1日から平成9年3月31日まで)の経常利益は1億2270万2585円である。このように阪神高速道路公団による土地の収用並びにその後のアマチク物流ビルの建設及び稼働によって被告の経常損益は大幅に改善された。被告は阪神高速道路公団から支払われた土地の収用補償金で,被告の所有地上にアマチク物流ビルを建設するとともに,東京都目黒区自由が丘に自由が丘アマチクビル(敷地も含む。)を購入し,これらを賃貸物件として稼働させているが,これらの建物取得費は,アマチク物流ビルが28億円余りであり,自由が丘アマチクビルが約5億円であり,今後,耐用年数の経過等に伴って建物を建て替えるという場合には右の建物取得費に匹敵する費用の支出が予想されるが,期中に原告を出向させた第91期の決算における貸借対照表上の剰余金は4億7610万7217円にすぎず,これらの費用の支出に備えて内部留保を蓄えおこうとすれば,冗費の支出は極力控えておかなければならなかった。

(<証拠・人証略>)

(九) 岡部達郎が平成9年9月4日に急逝したため,右同日以降被告において代表権を持つ者は常務取締役であった桑原のみということになった。

関西支社の所管すべき主な業務の1つであった尼崎市末広町所在の土地に関するCとの交換及びその整備は,平成9年4月に土地権利交換が成約し,同年10月には交換用地の引渡しが完了したため,関西支社の所管すべき主な業務は尼崎市内に所在する不動産の管理のみということになったが,被告の代表者である桑原の目から見れば,岡部達郎が亡くなった以上,関西支社を同人の関西における活動拠点として維持する必要はなくなったのであり,また,関西支社が所管する業務が尼崎市内に所在する不動産の管理のみになった以上,関西支社が所管する業務の処理を尼崎センターに業務委託費用を支払って委託した上,原告を尼崎センターに出向させて原告の人件費をすべて被告において負担することは,企業経営上の観点からはその必要性も合理性も見出せなかった。そのため,桑原は,関西支社を廃止した上,原告の出向を解くことを考えていた。

岡部達郎が急逝した後の平成9年から平成10年にかけての被告は,本社,横浜支社,関西支社及び立川分室に分かれており,本社では建設工事を請け負う建設業及び被告の所有に係る不動産を賃貸する賃貸業を営み,横浜支社では東京電力株式会社の配電管理図面補修正を受託する図面作成業を営み,立川分室ではパソコン教室及びソフト開発を営んでいた。横浜支社では,発注元である東京電力広告株式会社が平成12年度を目標に手作業による図面補正作業をコンピュータによるオペレーター作業に切り替えることとしていたのに対応するために,平成6年以降退職者を補充しないこととして業務体制を整備していた。立川分室では,以前に営んでいた絵画のレンタル業は既にやめていた。本社には,被告代表者である桑原の下に,平成10年7月1日現在68歳の藤井,右同日現在61歳の内山,右同日現在64歳の矢吹博司及び右同日現在63歳の田中良夫が配置され,そのほかに2名の女性社員と2名の女性の派遣社員がいた。内山は平成9年4月1日に被告に入社した者であった。この当時,被告の本社,横浜支社及び立川分室の各部署における業務の処理は各部署に配置された人員によって十分に対応できており,新たに人員を配置する必要はなく,仮に新たに人員を配置すれば,過員が生ずる状況にあった。

桑原は,右のような本社,横浜支社及び立川分室の業務や人員配置の状況,原告のこれまでの被告における経歴や適性等からすれば,関西支社を廃止して原告の出向を解いた場合に,原告を横浜支社や立川分室に配置することはできないと判断し,また,本社は少人数が良好な人間関係の下に業務を処理しており,原告を本社に配置すれば,これまでの原告の行為等に照らし,良好な人間関係が破壊され,業務に支障を来すと判断し,関西支社を廃止して原告の出向を解くとなれば,原告を解雇するほかないと考えていた。

なお,原告は,平成7年5月29日付けで,原告がCに対し同社への貸付地の補修工事費を漏らしたことが本件就業規則23条4号に定める行為に該当するという理由で譴責処分に付され,また,平成9年2月27日付けで,桑原との電話での会話中に穏当を欠く見当違いな言辞を弄してその指示に従わなかった上,電話を一方的に切るという行為に出たことを理由で厳重注意を受けたことがあった。

(<証拠・人証略>)

(一〇) 桑原は,関西支社の廃止,原告の出向の解除及び原告の解雇を決め,平成10年2月2日,田中良夫及び内山の立会いの下に本社応接室において,原告に対し,原告の尼崎センターに対する出向を解いて本社総務部勤務とする旨の辞令を交付した上,同年3月末をもって原告を解雇する予定であるので,それまで出社する必要がないことなどを伝えた。田中良夫と内山は,右同日辞令交付後に本社応接室において,同月13日関西支社において,同月23日新宿において,それぞれ原告と面談して原告の解雇に関する条件等について話し合ったが,被告は同月27日付けの解雇予告通知書を原告あてに送付した。原告は,同年3月2日,被告に対し,本件解雇は不当であり法的に争うことを伝えてきたが,被告は原告に対し同月31日をもって原告を解雇したという態度をとっている。

(<証拠・人証略>)

2  1で認定した事実を前提に,本件解雇の効力について判断する。

(一) 1で認定した事実によれば,本件解雇の理由は,要するに,かねてから関西支社を設置,存続させる必要性は全くないと考えていた桑原が,関西支社を自分の活動拠点と位置づけていた岡部達郎が平成9年9月に急逝した上,同年11月以降は関西支社の所管すべき主な業務が尼崎市内に所在する不動産の管理のみということになったことから,関西支社を岡部達郎の関西における活動拠点として維持する必要はなくなったし,関西支社が所管する業務の処理を尼崎センターに業務委託費用を支払って委託した上,原告を尼崎センターに出向させて原告の人件費をすべて被告において負担することは,企業経営上の観点からはその必要性も合理性も見出せないとして,関西支社を廃止した上,原告の出向を解くことを決めたが,当時の本社,横浜支社及び立川分室の業務や人員配置の状況,原告のこれまでの経歴や適性等からすれば,関西支社を廃止して原告の出向を解いた場合に,原告を横浜支社や立川分室に配置することはできないし,また,本社は少人数が良好な人間関係の下に業務を処理しており,原告を本社に配置すれば,これまでの原告の行為等に照らし,良好な人間関係が破壊され,業務に支障を来すと判断し,関西支社を廃止して原告の出向を解くとなれば,原告を解雇するほかないと判断したこと,である。

(二) ところで,本件では,本件解雇がいわゆる整理解雇に当たるかどうかが争われているが,整理解雇とは,一般に,解雇の対象とされた労働者には解雇に値するような行為や落ち度は何もないことを前提に,専ら企業の経済的事情に基づいて余剰人員を削減する必要性が存し,かつ,客観的に合理的な基準に基づいて多数の労働者の中から解雇の対象者を選定してする解雇をいうものと解されるところ,右(一)によれば,本件解雇は,関西支社の廃止及び出向の解除によって余剰人員となった原告を解雇したというものであり,関西支社の廃止及び出向の解除は企業経営上の観点から行われたものであるが,被告が原告を解雇の対象者と選定した理由は,原告が廃止の対象となった関西支社に勤務していたということであり,客観的に合理的な基準を定立してそれに基づいて解雇の対象者を選定した結果,原告が解雇の対象者として選ばれたというわけではないのであるから,本件解雇が整理解雇に当たらないことは明らかであり,仮に本件解雇が整理解雇としてされたものであるとすれば,その余の点について判断するまでもなく,本件解雇は解雇権の濫用として無効であるということになる。

(三) しかし,被告は,本件解雇は整理解雇としてされたものではなく,本件就業規則18条1項5号にいう「やむを得ない事業(ママ)上の都合によるとき」に該当するとしてされた解雇であると主張するので,本件就業規則18条1項5号にいう「やむを得ない事業(ママ)上の都合によるとき」とは,どのような事由に基づく解雇を許容しているかが,次に問題となる。

企業の経営規模の縮小等によって余剰人員が生じたというような場合が,本件就業規則18条1項5号にいう「やむを得ない事業(ママ)上の都合によるとき」に該当することは明らかであり,その場合に同号に基づいて解雇権が発生しているといえるためには,第1に,解雇が「事業(ママ)上の都合による」こと,すなわち,解雇という手段によって余剰人員を削減する必要性が存在しなければならず,第2に,解雇という手段に出ることが「やむを得ない」こと,すなわち,目的と手段ないし結果との間に均衡を失していないことが必要であると解される。

これに対し,企業の経営規模の縮小等によって余剰人員が生じたというような場合以外の場合,例えば,労働者の行為によって企業秩序や企業の信用等が害されたため,これを回復するためには問題の行為をした労働者を解雇し,企業から排除する必要があるというような労働者側の事情による場合が,「やむを得ない業務(ママ)上の都合によるとき」に含まれるかどうかについては,労働者の行為によって生じた企業秩序の混乱や信用の毀損等を回復するために当該労働者を解雇する必要がある場合も,事業(ママ)上の必要がある場合があるといえなくもないから,「やむを得ない事業(ママ)上の都合」という文言は,それ自体としては,労働者側の事情をも含み得る概念であるというべきであること,本件就業規則18条1項5号は,単に,「やむを得ない業務(ママ)上の都合によるとき」と規定されているのみで,同号は,企業の経営規模の縮小等によって余剰人員が生じたというような場合のみを指すものであると解すべき文言上の手がかりはないこと,本件就業規則18条1項5号以外の各号との対比から,本件就業規則18条1項5号は,専ら企業側の事情に基づく解雇に限定した趣旨であると解することはできないこと,以上の点に照らせば,本件就業規則18条1項5号は労働者側の事情に基づく解雇を許容する趣旨であると解するのが相当である。

そうすると,企業の経営規模の縮小等の目的で当該企業の一部門を閉鎖したことによって余剰人員が生じたが,当該部門に配置されていた労働者のこれまでの行為等に照らせば,その労働者を他の部門に配転することによってその労働者を新たに配置した他の部門に企業秩序の混乱や当該企業の信用の毀損等をもたらすおそれが大であり,企業経営上の観点からこれを看過することができないという場合に,客観的に合理的な基準を定立することなく,直ちにその労働者を解雇の対象者として選定して解雇するというのは,要するに,企業側の事情と労働者側の事情とが相まって当該労働者を解雇するということを意味することにほかならないが,右に説示したことに照らせば,そのような解雇も本件就業規則18条1項5号に基づく解雇として許容されるものと解される。

(四) 本件において,被告は,その本社,支社等における業務の状況や人員配置の状況に照らし関西支社の廃止及び原告の出向の解除によって1名分の余剰人員が発生したが,これまでの原告の行為等に照らし原告を他に配転することはできないから,余剰人員となったのは原告であり,余剰人員となった原告を解雇によって削減するとして,本件解雇に及んだのであるところ,関西支社の廃止及び原告の出向の解除並びにそれによって生じた余剰人員1名を解雇という方法によって削減することは,本件解雇の理由における企業側の事情を構成するものということになるのに対し,原告を他に配転することができないことは,本件解雇の理由における労働者側の事情を構成するものということになるが,関西支社の廃止及び原告の出向の解除並びにそれによって生じた余剰人員1名を解雇という方法によって削減することに,企業経営上の観点からおよそ必要性も合理性も認められないのであれば,本件解雇には客観的に合理的な理由があるということはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件解雇は解雇権の濫用として無効となり,また,原告を他に配転することができない事情がおよそ存在しないとすれば,本件解雇には客観的に合理的な理由があるということはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件解雇は解雇権の濫用として無効となる。そこで,右の観点から,以下検討する。

(1) 前記1で認定した事実によれば,関西支社は開設当初はアマチク物流ビルの建設の現地における拠点として相応の機能を果たしていたが,平成8年に入ると,関西支社が所管していた主な業務が次々と終了し,同年10月以降は岡部達郎の関西における活動拠点として位置づけられて規模を縮小した上で存続されることになったこと,ところが,平成9年9月には岡部達郎が急逝した上,同年11月以降は関西支社が所管すべき主な業務は兵庫県尼崎市内に所在する不動産の管理のみということになったが,この業務は既に平成8年10月から尼崎センターに委託していたのであるから,企業経営上の観点から見れば,平成9年11月の時点において関西支社を維持,存続させる理由は消滅したというべきであること,被告は平成8年10月から関西支社が所管していた主な業務のうち尼崎市内に所在する不動産の管理を委託するとともに,右同月以降関西支社の唯一の社員となった原告は右同月から尼崎センターに出向して,同社において被告の委託に係る業務に従事していたが,被告は同社に対し業務委託費の外に原告の人件費を支払っており,被告が尼崎センターに支払っていた原告の人件費はいわば冗費というべきであること,原告は平成3年12月以降関西支社で勤務してきており,平成9年から平成10年にかけての時点において被告の本社,横浜支社及び立川分室の各部署における業務の処理は各部署に配置された人員によって十分に対応できており,新たに人員を配置する必要はなく,仮に新たに人員を配置すれば,過員が生ずる状況にあったこと,被告はアマチク物流ビルの建設,稼働等によって経常損益を大幅に改善したが,アマチク物流ビルについては将来的には大規模な修繕や建て替え等が予想されるが,これらに要する費用は莫大であり,これらの費用の支出に備えて内部留保を蓄えおこうとすれば,冗費の支出は極力控えておかなければならないことになること,以上の事実が認められる。

平成8年10月以降の関西支社は,主として岡部達郎の関西における活動拠点として維持,存続させられていたものというべきであり,そのような理由で関西支社を維持,存続させることは,企業経営上の観点からは,合理性を肯定し難いというべきである。また,関西支社の所管すべき主な業務のうち尼崎市内に所在する不動産の管理を尼崎センターに委託しながら,関西支社の唯一の社員となった原告を尼崎センターに出向させ,同社において被告の委託に係る業務に従事させた上,業務委託費の外に原告の人件費まで支払うというのは,要するに,平成8年10月の時点で事実上関西支社において余剰人員となった原告の解雇を回避する目的で執られた措置であるというべきであり,被告の置かれた経営状況に照らせば,そのような目的で原告を尼崎センターに出向させることは,企業経営上の観点からは,合理性を肯定し難いというべきである。

なお,岡部達郎がD組から明渡しを受けた土地上にアマチク第二物流ビルの建設を計画しており,その計画が具体化したときには関西支社をその拠点とすることを考えていたことは,前記認定のとおりであり,原告は,その陳述書(<証拠略>)において,岡部達郎がアマチク物流ビルの建設にかかわった原告をアマチク第二物流ビルの建設に参画させようと考えていたという趣旨の供述をするが,平成8年10月の時点ではD組からの土地の明渡しのめどは全く立っていなかったのであり,また,原告がアマチク物流ビルの建設の際に果たした役割は全く不明であることからすれば,仮に岡部達郎が右の原告の供述どおり考えていたとしても,そのことを勘案すれば,平成8年10月以降の関西支社の維持,存続や原告の尼崎センターへの出向が企業経営上の観点から合理性があるといえることにはならない。

そうすると,被告が平成10年2月の時点において関西支社を閉鎖して原告の出向を解いたことには,企業経営上の観点から合理性を肯定することができる。

(2) 被告の本社,支社等における業務や人員配置の状況に照らせば,関西支社の廃止及び原告の出向の解除によって1名分の余剰人員が発生したというべきであるが,関西支社の廃止と原告の出向の解除によって生じた余剰人員1名を解雇という方法によって削減することは,平成9年から平成10年にかけての被告の経営状況及び人員の配置状況からすれば,将来に備えて経営体力の弱体化を避けるという観点から執られた措置であると解されるところ,企業が現に倒産の危殆に瀕しているわけではないが,将来経営危機に陥る危険を避けるために今から経営体質の改善,強化を図ることは,企業経営上の観点からその必要性を肯定することができるから,本件においても,企業経営上の観点から,余剰人員1名を解雇という方法によって削減することの必要性を肯定することができる。

これに対し,現在の被告代表者である桑原の前任者である岡部達郎は,平成8年10月の時点で事実上関西支社において余剰人員となった原告を解雇しないという決定をしたものということができるから,平成10年2月の時点で原告を解雇することを決定したことに果たして合理性が肯定できるのか疑問がないではない。

しかし,被告代表者が原告を尼崎センターに出向させるという決定をした後に,その決定をした被告代表者が交代し,新たに被告代表者に就任した者が,前の被告代表者がした決定は企業経営上の観点からは合理性を肯定し難いと判断した場合に,たとえ客観的には前の被告代表者がした決定は企業経営上の観点からは合理性を肯定し難いとしても,およそ前の被告代表者がそのような決定をした以上は,これを覆すことはできないということは,本来いえないはずであり,そうであるとすれば,前記認定,説示したとおり,原告を尼崎センターに出向させるという決定が企業経営上の観点からは合理性を肯定し難いことからすれば,平成10年2月の時点で余剰人員1名を解雇という方法によって削減することには合理性があるということができる。

(3) 原告を他に配転することができない事情については,原告のこれまでの被告における経歴や適性等に照らせば,原告を平成9年から平成10年にかけて図面作成業を営んでいた横浜支社や,パソコン教室及びソフト開発を営んでいた立川分室に配置することはできなかったものというべきである。

また,本社への配置については,前記1の事実によれば,原告は昭和60年8月21日付けで被告に入社し,立川分室で勤務していたが,平成2年4月に当時立川分室で営んでいた絵画のレンタル業及びパソコン教室の責任者となった後に部下の女性社員と対立し,その女性社員が原告の件で本社に苦情を訴えてくるということがあったなどしたため,被告は立川分室での原告を巡る混乱を収束させる目的で原告を本社に転勤させたこと,ところが,原告は,本社内においてトラブルを引き起こすなどして本社には居づらい状況となったので,自ら希望して平成3年12月1日付けで関西支社に転勤したこと,原告は,関西支社の規模を縮小して原告を平成8年10月以降尼崎センターに出向させるという内示を受けた際に,本社に復帰させてほしいなどといった異議を格別述べることなく出向に応じたこと,以上の事実が認められるところ,これらの事実によれば,原告は被告において関西支社以外に配置する部署がないという状況にあったものと考えられ,また,原告はそのことを十分自覚していたものというべきである。

以上によれば,桑原が,本社,横浜支社及び立川分室の業務や人員配置の状況や原告のこれまでの経歴や適性等からすれば,関西支社を廃止して原告の出向を解いた場合に,原告を横浜支社や立川分室に配置することはできないし,また,本社は少人数が良好な人間関係の下に業務を処理しており,原告を本社に配置すれば,これまでの原告の行為等に照らし,良好な人間関係が破壊され,業務に支障を来すと判断したことは,客観的に合理的であると認められる。

(4) 以上によれば,被告が,その本社や支社等における業務の状況や人員配置の状況に照らし関西支社の廃止及び原告の出向の解除によって1名分の余剰人員が発生したが,これまでの原告の行為等に照らし原告を他に配転することはできないから,余剰人員となったのは原告であり,余剰人員となった原告を解雇によって削減するとして,本件解雇に及んだことは,客観的に合理的であるということができる。

(五) ところで,本件就業規則18条1項5号が「やむを得ない事業(ママ)上の都合によるとき」と規定していることからすれば,本件解雇においても,解雇という手段に出ることが「やむを得ない」こと,すなわち,目的と手段ないし結果との間に均衡を失していないことが必要であると解される。

本件において,関西支社の廃止と原告の出向の解除によって生じた余剰人員1名を解雇という方法によって削減することは,平成9年から平成10年にかけての被告の経営状況及び人員の配置状況からすれば,将来に備えて経営体力の弱体化を避けるという観点から執られた措置として,企業経営上の観点からその必要性を肯定することができることは,前記認定,説示のとおりであるが,そもそも将来経営危機に陥る危険を避けるために今から経営体質の改善,強化を図っておくことは,当該企業が生き延びることを目的としているのであるから,解雇に代わる次善の策を容易に想定し得るものでない限り,右の目的と解雇という手段の間の均衡を失しているとはいえないと解される。

ところで,被告は,平成8年10月の時点において関西支社において事実上余剰人員となった原告の解雇を回避する措置として原告を平成8年10月1日から3年間尼崎センターに出向させていたのであるから,右の措置はいわば解雇に代わる次善の策であると考えられないでもなく,そうであるとすれば,特段の事情がない限り,平成8年10月1日から3年間が経過する平成11年9月30日までの間に原告を解雇することは,目的と手段ないし結果との間の均衡を失しているもののように考えられないでもない。

しかし,被告代表者が原告を尼崎センターに出向させるという決定をした後に,その決定をした被告代表者が交代し,新たに被告代表者に就任した者が,前の被告代表者がした決定は企業経営上の観点からは合理性を肯定し難いと判断した場合に,たとえ客観的にも前の被告代表者がした決定は企業経営上の観点からは合理性を肯定し難いとしても,およそ前の被告代表者がそのような決定をした以上は,これを覆すことはできないということは,本来いえないはずであり,そうであるとすれば,前記認定,説示したとおり,原告を尼崎センターに出向させるという決定が企業経営上の観点からは合理性を肯定し難いことからすれば,被告が原告を平成8年10月1日から3年間尼崎センターに出向させることを決定したことは,解雇に代わる次善の策には当たるということはできない。

したがって,被告が原告を平成8年10月1日から3年間尼崎センターに出向させることを決定したにもかかわらず,被告が右の期間の経過する前に本件解雇に及んだことをもって,本件解雇がその目的と解雇という手段の間の均衡を失するものであるということはできない。

そして,他に本件解雇が解雇権の濫用に当たることを認めるに足りる事実も証拠もない。

(六) 以上によれば,本件解雇が解雇権の濫用として無効であるということはできない。

二  以上によれば,原告は本件解雇により被告の社員たる地位を喪失したものというべきであるところ,原告の本訴請求はいずれも本件解雇の後も原告が被告の社員たる地位を有することを前提とするものであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

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